カテゴリ:Mission Trip( 2 )

 

サンタプロジェクト・・・東日本大震災の記憶を消さないために・・・・

東日本大震災の記憶を消さないで!という趣旨のもと関東学院大学、伊藤玄二郎ゼミ奈を中心とした、大学生ボランティア総勢40名と被災地報告の中高生、ロヴァニエミのベルカント合唱団、ラップランド・ヂュオ サイラ&エリナ、そしてサンタクロースで、南は沖縄、北は釜石まで、「サンタ・プロジェクト」とだして2週間の旅をしました。

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まずは、被災地から一番遠い沖縄へ・・・南国の自然の壮大さを目前に、第2次世界大戦・沖縄戦の跡糸満市を訪ねました。糸満市が掲げる市政目標は、「光、みどり、祈り」と市長からのメッセージがあり、ロヴァニエミ市も、極北の大自然の中にあり、第2次世界大戦で、廃墟となった街として、糸満の人達と共に参加者全員で、世界の恒久平和を祈りました。
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    那覇地元の民族舞踏団の人達とメンバーが、エイサーを練習中。
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   戦争の悲しみは、エイサーを通して昇華され、命の尊厳の叫びとなります。

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           我朋友ベルカント・合唱団のでばん・・・
    歌声と共に聖夜クリスマスの愛と喜びが、会場を包みます。


2011年の釜石訪問にはなかった地元ガイドさんの案内は、本当に私達の心を打ちました。災害訓練に少しでも多くの人が来てくれるようにと町の中心で人々の参加しやすい所で行ったことが、あだとなって・・・多くの人の命が、失われました。私達の人生で、目的と手段を逆転させてしまう事は、本当に大切な命を失うことになってしまう事を痛感しました。 私達、一人一人が、自分の人生にとって「何が本当に大切なものなのか?」を問いただす時に日本は来ていると思いました。災害に会われた方の心の傷が、少しでも癒されますよう!
そして、希望を見出すことができますよう祈ります。
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宝来館のおかみさんが、Youチューブに津波にのまれる瞬間がアップされているが、私が、初めて2011年に釜石を訪れる前に色々な情報を収集している際にその録画を見た。まさか、その当事者にお会いするとは予期もしていなかった。最初の滞在のメッセージが、凄かった・・・「本当の人間の強さとは、一番弱い人間に寄り添う者の姿です。多くの日本人の若者たちが、ここへ来てくれて事実を見て、体験して、感じて帰ってくれること・・・そして、それぞれの人生のうちにその経験を生かしていってほしいと・・・ Jesusが、神でありながらも一番弱い、社会からさげすまされ、見放された人々のところへ来て、その十字架で全ての咎、病をにない、私達に永遠の命とこの世の終わりまで共にいると言ったその愛がどうか届きますよう!
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釜石の悲劇は、世界最強の防波堤があるという自負心、安心感が被害を大きくしたとガイドさん、おかみさんが口をそろえていっていた。人間に絶対はない・・・と・・・宝来館の前の海辺は、この日とても穏やかで美しく輝いていました。あの日何事もなかったかのように・・・・
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by takukafi | 2012-12-06 13:00 | Mission Trip  

東北震災ボランティアの報告と証

期 間  2011年8月16日~24日  派遣先  グローバル・ミッションセンター
c0197842_4462424.jpgセンターでの1日
私の滞在した期間は、夏休みと相まってか、アメリカから日系人チーム、YWMチーム、韓国から学生チーム、日本から個人、教会チームという、総勢、約50~60名という大所帯で、英語、日本語、韓国語、中国語が入り混じる、多言語 ゴッド・ファミリーの様相をなしていました。朝6時 自由参加の早天からスタート、9時ミーティング、力強い賛美から始まり、各奉仕のリーダーから、奉仕内容と必要奉仕者人数が発表され、各自が希望し働きの調整をした後、祈りと共に各奉仕先へ出発。夕刻4時から6時の間に奉仕を終えた仲間たちが三々五々に帰着し、18時夕食、20時から賛美をもって、1日の報告と証の分かち合いのミーティング、そして、自由時間(交わりの時)消灯24時。という生活の流れです。

グローバル・ミッション・センター現在の働き
北茨城地区 ホテル復興支援
野口雨情の生家がある景勝地にて、2つのホテルでの津波による浸水被害のため、塩水を洗い流す作業(特に食器)が数か月続いてきましたが、私が出向いた日は、お客様に出す髭剃りの袋を一つずつ拭いていく作業でした。4人で4時間700個ほどきれいにふき取りましたが、それでも終了できずセンターに持ち帰り、夜のミーティングの後、15人ほどで一斉に作業をしたところ20分ほどで終了しました。本当に小さなことを一つ一つ、復興に向けて積み重ねていくことが、大切なことで、この小さなことの積み重ねを通して、主の愛が被災された人々の心を慰め、励まし、たてあげ、福音が述べ伝えられていくということを実感しました。
「泣くものと共にあり、笑うものと共にある」その時に主の愛が共にあることを感謝しました。

いわき 小名浜地区復興支援
ここでは、やはり津波によって被害のあった個人宅の清掃作業をしています。家財道具が地震により散乱した上に、津波の泥をかぶり、夏の暑さで蒸れてカビが蔓延した状態の中での作業でした。惨状を目前にして、色々な思いがわいてきますが、ひたすら清掃作業に意識を集中する時、イエス様の十字架を見上げ、賛美し、主の血潮により、癒され、聖められる事を祈る時に本当に主の霊が、この地を覆い執成してくださっている恵みに感謝しました。私達、主に購われた者は、今、この時に主の愛にこたえ、主の忠実な僕として、この被災地に心を寄せ祈り、主の愛をもってその地に立ち祈る事が、「誰か、敗れ口に立つものはいないのか?」といわれる主の御心にかなうことではないでしょうか。現在、家の撤去を行政が請け負っているそうですが、取り壊しの際、家の中を何もない状態にして明け渡さないと撤去作業をしてもらえないという風潮が出てきているようで、私がいわきを離れる直前にも、また新しい依頼が入ったとリーダーの方が教えてくださいました。これらの復興支援作業の依頼は、口コミで入ってきますが、まだまだこの支援を必要とされている方々は、沢山いらっしゃると思います。
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支援センター 物資配給とカフェ
平キリスト福音教会の礼拝堂の一角に支援センターが設けられており、そこへ連日、20から70名の方がいらっしゃいます。避難所生活から仮設住宅へ移り、自立への道を余儀なくなくされている人々が、日常生活の消耗品(おむつ、ミルク、お米、トイレット・ペーパー、洗剤等)を受けに来られます。特に祖父母を含む2世帯、3世帯といった大家族であるケースが多くみられました。そろそろ冬に備えての準備を始められる方々も多く、こたつ、電気毛布などのリクエストも上がり始めていました。
仮設住宅に移り自立生活をスタートしたものの、収入が全くない、半減したという方々が沢山いらっしゃるようで、まだまだ物資支援は継続的な必要があるようです。
この物資を受け取る待ち時間の間に併設されたサロンでお茶を召し上がっていただき、お話を伺う場が設けられており、ここで、重荷をおろす方や主の救いに合われる方々がいらっしゃいます。私は、今回、原子力発電所の被災のために一切立ち入り禁止になってしまった所からいらしている方にお会いしお話を伺いましたが、片づけに入りたくても入れないし、農家なのでその土地もどうすることもできないと・・・本当にこの現状に対して、考えたら気が遠くなるような現状の中、やはり、私達には祈りをとおして、万軍の主が必ずこの現状を打開してくださるという信仰にある希望の中に入れる恵みを感謝すると同時に、その方が主の救いに導かれることを祈ります。また、お母さんに伴われて来る子供達が沢山いますが、長期ボランティアとして派遣されている梅沢兄弟は、被災地に残る子供達やその家族に主の愛を届けるためのミニストリーを立てあげたいという思いが与えられており、是非、この働きが新しいいわき市の再生のために用いられるよう祈ってゆきたいと思いました。   加藤 たくみ

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by takukafi | 2011-08-27 00:00 | Mission Trip